愛、信仰、希望はずっとある

こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。愛を追い求めなさい。(1コリント13:13-14:1)

皆さん、こんにちは。

東京は久しぶりに雨が降りました。
午後からはどこも晴れ気味で暖かく過ごせたと思います。

天国と聞くと、どうでしょうか、どんなイメージがあるでしょうか?

なんだか綺麗で、夢見心地で、何でも手に入るパラダイスのような感じでしょうか?

実は聖書には、天国でも私達は信じること、希望を持つこと、愛することがあると書いてあるんです。

もちろん天国には悲しみも、災いも、苦しみも、涙も、死もないです。(黙示録21:1-4)

でも、私達は信じて、希望を持ち、(神様の愛をもって)愛することをするということですね。

聖書は、今この地上でも私達は私達は信じて、希望を持ち、(神様の愛をもって)愛することをしていきましょうと教えています。ある意味、天国に行く前の練習期間です(笑)。

もちろん失敗も沢山すると思います。失敗は嫌ですけどね。
でも失敗をしたということは、挑戦したということでもあると思います。

天国に入る唯一の方法はイエスキリストを信じることですが、この今の時をどう過ごすかによって、天国での永遠の人生に影響すると考える時に、私達の毎日がとても大切で、貴重な時間と思えたりもするものだと思います。

今週も信じて、希望を持ち、(神様の愛をもって)愛することを実践していきたいですね。

神様の恵みと平安が皆さんと共に今週もありますように!

今日は、カツどんでした!美味しかったです:)
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イースターの日でした。

みなさん、こんにちは。

今日はイースターでした。

イースターっていうのは、十字架の上で私達の罪を負って死んだ、ジーザスが生き返ったことを祝う日です。

彼は死も克服して、天に昇ったから、私達も彼と共に天で永遠に生きる確信が与えられるんです。

この地上にいる時には色々な困難の中でも、喜び、祝福、心に平安があって歩むことができる。

そして、死んで肉体が滅ぶ時には、永遠に彼と共に生きることができる。

ということを神様は確信して、信じることができるよう信仰というものを与えてくれます。

ホント?と思うかもしれません。

でも、キリスト教ではすべて知ってから、信じることはないんですね。

信じてから、本当に知ることができる、という事の方が多いように思います:)

今日もみんなで食事をして、楽しい時を過ごせた事に感謝!!

教会って心落ち着けるとこだなっていつも思います。

このジーザスの死からの復活に感謝して今週も過ごしたいものです。

では、みなさんに平安と恵みがありますように!

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。(1コリント15:19-20)

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満ち足りることは学べる?

乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
(ピリピ4:11)

みなさん、こんにちは。
最近は暖かくて、気持ちがいいですね。

もう梅の花は咲き出して、桜も咲き始めるくらいだと思います。

満ち足りる事、つまり今に感謝して、満足することは私達の境遇によっては左右されずにできることだと知っていますか?

え~、そんな事言われても、と思うかもしれません。

確かに、簡単なことじゃあないとは思います。

でも、毎年ベストセラーになっている聖書はにはそう書いてあるんですよ~。

聖書の著者の一人のパウロは、満ち足りる事を「学んだ」と言っています。
つまり、満ち足りる事って、学ぶことができるんですね。

満ち足りることを学ぶということは、どうやって今に感謝して、満足したらいいかを知る事ですよね?
どうやってしたらいいのかを知れば、自分の意志でいつでもそれを行うことができるようになります。

いつでも満足できる人になれたらいいと思いませんか?

それが、誰でも嬉しい事になれるんです!

私達が満足できなくなるのは、自分と他の人を比べるときではないかと思います。
他の人の境遇、持っている物、才能などと自分を比べる時、自分に与えられているよりも、自分に無いものに目が向いてしまうからです。

でも、今日この一息できる一時であれ、衣食住であれ、仕事であれ、愛する家族、友人などであれ、今自分に与えられているものに目を向ければ、「ああ、感謝する事だな」と思える事がきっとあるんではないでしょうか。

たとえ、今の境遇が全く喜べないものであったとしても、イエスキリストを信じた者には永遠のいのちが与えられます。そして、いつも私達を愛している天地を造った神様が一緒にいてくれます。
だからいつも喜び、神様に感謝する事があるんです。

いつでも満ち足りる人になりたいと思いませんか?

今、自分に与えられているものに感謝して、満足していきたいですね。

今週も素晴らしい1週間をお過ごしください:)

神様の愛は与える

みなさん、こんにちは。
この連休は東京は日中は10度以上の気温で暖かいです。
2月後半は春を待つばかりですね。

昨日は礼拝後に東京駅周りに、ジーザスのグッドニュースををシェアしに行きました。
いろんな反応があります。嬉しい反応も、ムッとさせられるような時もあります笑。

せっかく相手の為にと思って、何かしてあげても、拒否されたり、感謝されない時には落ち込みますよね。でも、神の愛の素晴らしいのは、見返りを求めずに与えることです。

そして、その神の愛はイエスキリストを信じる者の心に注がれるんです。(ローマ5:5)

「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。」(1ヨハネ4:10)

神の愛の性質は与えること。まさに自分の子を私達に与えてくれたようにです。

私達は神の愛にあってもっと歩みたい、と願いますよね。
神の愛にあって歩む一番の方法は、今から自分にある愛を与えていく事だと思います。

他の人のために祈る事で、周りの人の必要を満たすことで、笑顔で接する事で、喜ぶ人と共に喜ぶ事で、悲しむ人と悲しむことで、自分の時間を割いて家族と過ごす事で、福音を伝えることで、今ある愛を与えることで神の愛は私達を通して働いていくと思います。

そして、私達も神の愛でより満たされるんだと思います。

まず、自分が神の愛で満たされたから、愛を与える事ができるのではなくて、今心に受け取っている愛を
与えるから、次はもっと与える事ができる、というものなんだと思います。

神の愛は、愛する(愛される)対象がなくては存在できないのかなと思います。与える人がいて、与えられる人がいるから、そこに神様の愛があるのではないでしょうか。

今週も与える心を持って、愛の心をもって歩みたいですね。

神様の愛を「感じる」、ではなくて、「信じる」こと

皆さん、こんにちは。
寒いですね。東京は先週降った雪がまだ溶けずに残ってます。
早い事にもう2018年最初の月が終わろうとしています。
寒い冬は、暖かい家の中がいいですよね。

神様の愛について聖書箇所を読みました。

わたしたちは、神がわたしたちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。(1ヨハネ4:16)

神様の愛は特には何か五感で感じるものでもないですよね。私達は神様に愛されていると「感じ」ようとするのではなくて、愛されていると「信じ」ようとする事が大切だなぁと思います。そうする時に神様の愛を感じる事もあるのではないでしょうか。

だから、愛されていないと「感じる」時には、静まって考えてみると、愛されていると「信じる」事ができていない時であったりします。

じゃあ、どうやって神様に愛されていると、信じることができるのでしょうか?

聖書の神様の言葉を読み、理解することで彼の私達に対する愛を知ることができます。
特に天の父がイエスキリストによって、私達のために何をしてくれたのかを知ること。

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。 (1ヨハネ4:9-10)

そして、それを信じる決断をすること。それが大切なんだと思います。

今日も神様の私達に対する愛を信じていきたいですね。

主と共に平安と恵みがありますように。

12月24日東京教会クリスマス会のお知らせ

みなさん、こんにちは。

もう東京もかなり寒くなってきました。
もう今年2017年も終わろうとしてます。
今年はどんな1年でしたか?また来年2018年はどんな1年にしたいですか?

下記のとおり東京スプリングオブクライストチャーチのクリスマス会をご案内します。

クリスマス会