神様の愛を「感じる」、ではなくて、「信じる」こと

皆さん、こんにちは。
寒いですね。東京は先週降った雪がまだ溶けずに残ってます。
早い事にもう2018年最初の月が終わろうとしています。
寒い冬は、暖かい家の中がいいですよね。

神様の愛について聖書箇所を読みました。

わたしたちは、神がわたしたちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。(1ヨハネ4:16)

神様の愛は特には何か五感で感じるものでもないですよね。私達は神様に愛されていると「感じ」ようとするのではなくて、愛されていると「信じ」ようとする事が大切だなぁと思います。そうする時に神様の愛を感じる事もあるのではないでしょうか。

だから、愛されていないと「感じる」時には、静まって考えてみると、愛されていると「信じる」事ができていない時であったりします。

じゃあ、どうやって神様に愛されていると、信じることができるのでしょうか?

聖書の神様の言葉を読み、理解することで彼の私達に対する愛を知ることができます。
特に天の父がイエスキリストによって、私達のために何をしてくれたのかを知ること。

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。 (1ヨハネ4:9-10)

そして、それを信じる決断をすること。それが大切なんだと思います。

今日も神様の私達に対する愛を信じていきたいですね。

主と共に平安と恵みがありますように。

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12月24日東京教会クリスマス会のお知らせ

みなさん、こんにちは。

もう東京もかなり寒くなってきました。
もう今年2017年も終わろうとしてます。
今年はどんな1年でしたか?また来年2018年はどんな1年にしたいですか?

下記のとおり東京スプリングオブクライストチャーチのクリスマス会をご案内します。

クリスマス会

嵐の後でも

皆さん、こんにちは。

台風18号が日本を通過しました。風と雨、強かったですね。

外に洗濯物を出しているのをすっかり忘れて、真夜中に気がつきました(笑)

私達の人生でも嵐と呼べるものを誰もが大なり、小なり経験すると思います。

そんな中でも、聖書の神様であるジーザス(イエスキリスト)は私達と共にいて、彼に助けを求める時、手を差し伸べて助けてくれます。

たとえ私達がどんな状態でも、助ける事ができます。

私達が何か清くて、よい行いをしていないと、助けてくれない神様ではなくて。

私達が問題だらけでも、どんな状況にいても、私達を助ける事のできる人です。

そのような神様が私達には必要ではないのかな、と思います。

そんなジーザスと歩めば、嵐にあっても、それが過ぎた後には笑顔で青空を見上げる事ができます。彼が共にいて、必要な助けを与えてくれるからです。

それなら、嵐も怖くなくなります。

今日は晴天のところが多いと思います。

みなさん、良い祝日を。

 

なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。(ローマ10:9-13)

 

みなでタイ料理レストランに行ってきました:)

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皇居周りラン、行ってきました。

みなさん、こんにちは。

もう夏も終わり、涼しくなっていくばかりですね。

少し前の事になりますが、参加できる仲間で皇居の周りを走ってきました!

結構疲れましたが、走った後は身体中がリラックスして、気持ちよかったです。

また、行く予定です:)

聖書は、私達のこの地上での人生をマラソンにたとえています。知ってましたか?

私達の人生での目的、ゴールは何でしょうか?

お金持ちになる、幸せな家庭を築く、世界一周する、家を建てる等、たくさんあるかもしれません。

ゴール地点を知らなければ、走る事はできません。走る道も方向も分からないからです。

聖書の言葉は、私達の道の光、足のともしび(詩篇119:105)と書いてあります。

又、聖書の中には人生で何が本当に大切なのかが書いてあるんです。それは永遠の命です。

じゃあ、永遠の命って何でしょうか?

それは、私達を造られた父である神様と、イエスキリストを知ることです。

「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」(ヨハネ17:3)

それは神様とイエスキリストと共に日々歩み、生きることです。

友人と知り合っても、その人のことをどんどん深く知ることができて親しくなっていきますよね?同じように、父なる神様とイエスキリストを知る事に終わりはありません。でも、この地上を去るときまで、走り続けている事、それがゴールであると思います。

そのマラソンはこの世を去ってからではなくて、今この時から始まっていることなんです。

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